ドリコムアイ.net…高校生の進路と教育を考えるWebマガジン
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第44回

2008-09-22UP

大学は難しい(後編)


久田 邦明

「生涯学習と地域のリーダー」
第83回 前編 / 第84回 後編
「情報の受け手の問題」

第81回 前編 / 第82回 後編
「カフェ・バッハのこと」
第79回 前編 / 第80回 後編
「青年団が教えてくれること」

第77回 前編 / 第78回 後編

「就活こそ若者の生涯学習」

第75回 前編 / 第76回 後編
「もう一つの社会について学ぶ」

第73回 前編 / 第74回 後編
「ホワイトキャンバスの10年」

第71回 前編 / 第72回 後編

「地域社会は再生する」

第69回 前編 / 第70回 後編
「講義について考えた」

第67回 前編 / 第68回 後編
「大学をユースセンターへ」

第65回 前編 / 第66回 後編

「コミュニティビジネスの希望」

第63回 前編 / 第64回 後編
「青少年施策を考える」

第61回 前編 / 第62回 後編
「大学生はコンビニで高齢者と出会う」

第59回 前編 / 第60回 後編

「ピアサポート委員会の活動」

第57回 前編 / 第58回 後編
「子どもがいる暮らしの支援」

第55回 前編 / 第56回 後編
「若者の地元志向」

第53回 前編 / 第54回 後編

「高校生世代という捉え方」

第51回 前編 / 第52回 後編
「地域で子どもを育てるスポーツ少年団」

第49回 前編 / 第50回 後編
「子どもの貧困」

第47回 前編 / 第48回 後編

「地域の声は、届かない」

第45回 前編 / 第46回 後編
「大学は難しい」

第43回 前編 / 第44回 後編
「子どものころ、世話になった大人」

第41回 前編 / 第42回 後編

 ある時期までの大学は成人儀礼としての意味をもっていた。大学とは“強いられた自由時間”を過ごすことによって、若者が大人になるための準備をするところだったといえるだろう。

 大学を経済的利益や社会的地位の獲得だけで捉えることはできない。世俗の暮らしから距離を置くという余裕をもって、ものの見方や考え方を身につけるところだった。しかしこれは少数の若者たちの特権であった。大学に行かなかった親が、子どもに大学進学を熱心に奨める気持ちのなかには、そういう幸運な機会へのあこがれがあるのではないかと想像する。

 じっさい、学生からそういう親の期待を聞いて、ちょっと切ないおもいをすることがある。この何十年間、大学はこのような人々の期待を寄りどころにして何とか命をながらえてきたのではないだろうか。しかしもはや大学が特別なところではなく、普通のところになってしまったことは、多くの人々の眼に明らかになっている。

 普通のところになってしまった大学を、それでも存続させようとすれば、新しい方法を工夫してその存在意義を伝えていかなければならない。手っ取り早いのは、世間常識に合わせて大学もちゃんとやっていますとアッピールをすることなのだろう。

 ただ、これをやり始めると、難しいことになるのではないだろうか。これまで特別なところであることを売りにしてきたのに、今度は、普通のところであることを売りにするわけだ。下手をすると、大学そのものを否定することになりかねない。

 このように考えると、大学の延命を意図して講義回数の確保をすすめるのは、大学の衰弱に手を貸すことになりかねない。何としたことだろう。しかし、これが現在の大学の姿なのだ。どうしたらよいのだろうか。大学は難しい。



久田 邦明
ひさだ くにあき

首都圏の複数の大学で講義を担当している。専門は青少年教育・地域文化論。この数年、全国各地を訪ねて地域活動の担い手に話を聞く。急速にすすむ市場化によって地域社会は大きく変貌している。しかし、生活共同体としての地域社会の記憶は、意外にしぶとく生き残っている。それを糸口に、復古主義とは異なる方向で、近未来社会の展望を探り出すことが可能ではないかと考えている。このコラムでは、子どもから高齢者まで幅広い世代とのあいだの〈世間話〉を糸口に、この時代を考察する。