ドリコムアイ.net…高校生の進路と教育を考えるWebマガジン
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第47回

2008-12-08UP

子どもの貧困(前編)


久田 邦明

「生涯学習と地域のリーダー」
第83回 前編 / 第84回 後編
「情報の受け手の問題」

第81回 前編 / 第82回 後編
「カフェ・バッハのこと」
第79回 前編 / 第80回 後編
「青年団が教えてくれること」

第77回 前編 / 第78回 後編

「就活こそ若者の生涯学習」

第75回 前編 / 第76回 後編
「もう一つの社会について学ぶ」

第73回 前編 / 第74回 後編
「ホワイトキャンバスの10年」

第71回 前編 / 第72回 後編

「地域社会は再生する」

第69回 前編 / 第70回 後編
「講義について考えた」

第67回 前編 / 第68回 後編
「大学をユースセンターへ」

第65回 前編 / 第66回 後編

「コミュニティビジネスの希望」

第63回 前編 / 第64回 後編
「青少年施策を考える」

第61回 前編 / 第62回 後編
「大学生はコンビニで高齢者と出会う」

第59回 前編 / 第60回 後編

「ピアサポート委員会の活動」

第57回 前編 / 第58回 後編
「子どもがいる暮らしの支援」

第55回 前編 / 第56回 後編
「若者の地元志向」

第53回 前編 / 第54回 後編

「高校生世代という捉え方」

第51回 前編 / 第52回 後編
「地域で子どもを育てるスポーツ少年団」

第49回 前編 / 第50回 後編
「子どもの貧困」

第47回 前編 / 第48回 後編

「地域の声は、届かない」

第45回 前編 / 第46回 後編
「大学は難しい」

第43回 前編 / 第44回 後編
「子どものころ、世話になった大人」

第41回 前編 / 第42回 後編

 地域社会には、子どもの面倒を見る大人が少なくない。先に、「子どものころ、世話になった大人」という大学生のレポートを手がかりに、このように記した。が、子どもをめぐる状況は、こういっておくだけですむものではない。

 そもそも大学生は経済的文化的に恵まれた環境の中で育ってきた者たちだろう。高等教育への進学率が50%を超えて、これまでにないほど大衆化した中でも、このことは否定できない。そういう若者たちの証言には明らかな偏りがある。親切な大人にめぐりあうという幸せな子ども時代があったからこそ、彼らは大学までたどりついた、とみることもできる。

 わたしはこのあいだ、子どもの居場所づくりの現場を訪ねたり報告を聞いたりしてきた。そういう活動の中で気になるのは、居場所へは必ずといってよいほど厳しい暮らしの子どもが訪れるということだ。

 日常生活が順調であれば、わざわざ居場所へ立ち寄る必要もない。その中に、厳しい状況に置かれた子どもたちが含まれるのは当たり前のことだ。やって来るのは日々の暮らしに居心地の悪さを何となくではあっても感じている子どもたちだろう。

 小学生の姉が幼い弟の面倒を見ていたり、父子家庭の中学生がホームレスのような日々を過ごしていたりするという話には、胸が痛む。外国につながりをもつ(ニューカマーなどの)子どもが、義務教育後の人生に希望をもてないという話には、ことばを失う。十代後半の若者の中にも、高校生活に馴染めなかったり、不安定就労の職場で苦労したりしている者がいる。地域で子どもの面倒を見る大人は、子どもの貧困という問題と向き合わないわけにはいかないのである。





久田 邦明
ひさだ くにあき

首都圏の複数の大学で講義を担当している。専門は青少年教育・地域文化論。この数年、全国各地を訪ねて地域活動の担い手に話を聞く。急速にすすむ市場化によって地域社会は大きく変貌している。しかし、生活共同体としての地域社会の記憶は、意外にしぶとく生き残っている。それを糸口に、復古主義とは異なる方向で、近未来社会の展望を探り出すことが可能ではないかと考えている。このコラムでは、子どもから高齢者まで幅広い世代とのあいだの〈世間話〉を糸口に、この時代を考察する。