ドリコムアイ.net…高校生の進路と教育を考えるWebマガジン
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第53回

2009-04-06UP

若者の地元志向(前編)


久田 邦明

「生涯学習と地域のリーダー」
第83回 前編 / 第84回 後編
「情報の受け手の問題」

第81回 前編 / 第82回 後編
「カフェ・バッハのこと」
第79回 前編 / 第80回 後編
「青年団が教えてくれること」

第77回 前編 / 第78回 後編

「就活こそ若者の生涯学習」

第75回 前編 / 第76回 後編
「もう一つの社会について学ぶ」

第73回 前編 / 第74回 後編
「ホワイトキャンバスの10年」

第71回 前編 / 第72回 後編

「地域社会は再生する」

第69回 前編 / 第70回 後編
「講義について考えた」

第67回 前編 / 第68回 後編
「大学をユースセンターへ」

第65回 前編 / 第66回 後編

「コミュニティビジネスの希望」

第63回 前編 / 第64回 後編
「青少年施策を考える」

第61回 前編 / 第62回 後編
「大学生はコンビニで高齢者と出会う」

第59回 前編 / 第60回 後編

「ピアサポート委員会の活動」

第57回 前編 / 第58回 後編
「子どもがいる暮らしの支援」

第55回 前編 / 第56回 後編
「若者の地元志向」

第53回 前編 / 第54回 後編

「高校生世代という捉え方」

第51回 前編 / 第52回 後編
「地域で子どもを育てるスポーツ少年団」

第49回 前編 / 第50回 後編
「子どもの貧困」

第47回 前編 / 第48回 後編

「地域の声は、届かない」

第45回 前編 / 第46回 後編
「大学は難しい」

第43回 前編 / 第44回 後編
「子どものころ、世話になった大人」

第41回 前編 / 第42回 後編

 地域社会の活性化には若者の地元志向を視野に収める必要がある。こういう意見がしばらく前の新聞に掲載された。まったくその通りだと思う。大学生の話を聞いても地元志向が目立つし、若者に期待しなければ地域社会の再生もないだろう。

 若者を視野に入れない地域社会の活性化は、その場しのぎの、諸々の問題を先送りにするだけのものになりかねない。地域社会の活性化を願うのであれば、将来の地域社会の担い手のことを想定して、それこそ十年単位の尺度で考えていく必要がある。

 かつて高度経済成長期には、中卒者から大卒者までこぞって都市へと向った。その当時、若者は消費社会の担い手として期待された。そのせいで若者文化といえば都市の消費文化のことだった。そういう若者たちの存在があってはじめて高度経済成長は実現した、ともいえるだろう。

 しかし時代は大きく変わった。現在の20代が育ったのはバブル経済が弾けてしまった1990年代である。消費社会の限界が明らかになったこの時期に育った世代のあいだに、都会志向に代わって地元志向がひろがるのも、うなずける。

 ひきこもりやニートが話題になっていた頃、その背後で若者の意識が大きく変化していたことが想像される。彼らは、年長世代の常識を超えたレベルで、慎ましやかで落ち着いた暮らしを想定しているのかもしれない。このような仮説は今後の地域社会を見通すための重要な指標になるだろう。

 しかし、そこで考えなければならないのは、地域社会の活性化を語る人々が“夢よ、もう一度”とばかりに経済発展の再来を期待していることだ。人口減少をみるだけでも、そういうことはありえないにもかかわらず、である。

 地域社会の活性化を語る人々は、地元志向の若者たちの話を良く聞いて、地域社会の活性化の中身を再検討しなければならない。地域社会の希望も、そういう対話から生まれるのではないだろうか。




久田 邦明
ひさだ くにあき

首都圏の複数の大学で講義を担当している。専門は青少年教育・地域文化論。この数年、全国各地を訪ねて地域活動の担い手に話を聞く。急速にすすむ市場化によって地域社会は大きく変貌している。しかし、生活共同体としての地域社会の記憶は、意外にしぶとく生き残っている。それを糸口に、復古主義とは異なる方向で、近未来社会の展望を探り出すことが可能ではないかと考えている。このコラムでは、子どもから高齢者まで幅広い世代とのあいだの〈世間話〉を糸口に、この時代を考察する。