ドリコムアイ.net…高校生の進路と教育を考えるWebマガジン
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第71回

2010-05-17UP

ホワイトキャンバスの10年(前編)


久田 邦明

「生涯学習と地域のリーダー」
第83回 前編 / 第84回 後編
「情報の受け手の問題」

第81回 前編 / 第82回 後編
「カフェ・バッハのこと」
第79回 前編 / 第80回 後編
「青年団が教えてくれること」

第77回 前編 / 第78回 後編

「就活こそ若者の生涯学習」

第75回 前編 / 第76回 後編
「もう一つの社会について学ぶ」

第73回 前編 / 第74回 後編
「ホワイトキャンバスの10年」

第71回 前編 / 第72回 後編

「地域社会は再生する」

第69回 前編 / 第70回 後編
「講義について考えた」

第67回 前編 / 第68回 後編
「大学をユースセンターへ」

第65回 前編 / 第66回 後編

「コミュニティビジネスの希望」

第63回 前編 / 第64回 後編
「青少年施策を考える」

第61回 前編 / 第62回 後編
「大学生はコンビニで高齢者と出会う」

第59回 前編 / 第60回 後編

「ピアサポート委員会の活動」

第57回 前編 / 第58回 後編
「子どもがいる暮らしの支援」

第55回 前編 / 第56回 後編
「若者の地元志向」

第53回 前編 / 第54回 後編

「高校生世代という捉え方」

第51回 前編 / 第52回 後編
「地域で子どもを育てるスポーツ少年団」

第49回 前編 / 第50回 後編
「子どもの貧困」

第47回 前編 / 第48回 後編

「地域の声は、届かない」

第45回 前編 / 第46回 後編
「大学は難しい」

第43回 前編 / 第44回 後編
「子どものころ、世話になった大人」

第41回 前編 / 第42回 後編

 大学生に「あなたの居場所はどこでしたか?」と尋ねると、高校の部室(部活動のための部屋)という答が少なくない。同じ学校のなかでも教室とはちがう楽しい空間だったらしい。他愛のない話に興じる姿が目に浮かぶような気がする。

 この年頃の若者には親や教師の目が届きにくいところがなければならない。そういうところは、若者が大人になるための仕組みであり、いつの時代にも身近に用意されていた。伝統社会の若者宿や娘宿を挙げることもできるし、学生運動のサークルや労働組合の青年部、あるいは不良仲間なども、このような関心からみれば同じような意味をもっていたといえるだろう。

 それが、高度経済成長期が終わるころから、社会全体の変化によって急速に失われていった。それどころか、コンビニや公園にたむろするだけでも、悪だくみを疑われて学校や警察へ通報される。住民のこのような過剰な反応も、若者たちから居場所を奪うことになったわけだ。

 そうはいっても、大人が無関心だったわけではない。地域で子どもや若者の面倒をみる大人たちには見逃せない問題だった。じっさい、1990年代後半から、中・高校生世代のための居場所づくりの活動が全国各地にひろがるようになる。

 1999年7月、岩手県水沢市(現在の奥州市水沢区)に誕生した、子どもの居場所ホワイトキャンバスは、その先駆的な事例である。ここは、2階建ての旧消防署の1階部分の約270平方メートルを、中・高校生と行政職員、住民が協力して改装した、手づくりの施設である。市の財政的負担はほとんどなく、東京の財団の助成金400万円余りを利用した。
 
 わたしは当時、このような施設づくりの方法を知って本当に驚いた。住民施設をつくるには行政が予算を組み、敷地を確保して建築費や人件費を用意しなければならないと考えていたからである。ところが、財政的負担もなく、若者と行政、住民がつくってしまった。おカネがなけれけば何もできないという言い訳は、もう通用しなくなったわけだ。その意味で、高度経済成長期のあとの時代に生きるわたしたちに希望を与えてくれるものだったのである。



久田 邦明
ひさだ くにあき

首都圏の複数の大学で講義を担当している。専門は青少年教育・地域文化論。この数年、全国各地を訪ねて地域活動の担い手に話を聞く。急速にすすむ市場化によって地域社会は大きく変貌している。しかし、生活共同体としての地域社会の記憶は、意外にしぶとく生き残っている。それを糸口に、復古主義とは異なる方向で、近未来社会の展望を探り出すことが可能ではないかと考えている。このコラムでは、子どもから高齢者まで幅広い世代とのあいだの〈世間話〉を糸口に、この時代を考察する。